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子供の意見を尊重しすぎは危険!怒らない子育てで受けた罰




子育ての悩みなんかない!

私は、上手に育児ができている!

 

娘が3歳になるまで、そんな感じで、私は自信を持って育児をしていました。

娘に、怒ったことがありませんでした。

 

しかし、「怒らない子育て」の意味を履き違えると、とっても危険。

ということを、身を以て知りました。

 

今回は、3歳になるまで娘を尊重し、怒らない育児をしていたのに、それが間違いだらけだったと気づいた私の体験について、まとめました。

どなたかの参考になりましたら、幸いです。

 

子育て中の怒りスイッチが見当たらない

私は、娘が3歳まで、自分は子育ての天才だと自負していました。

 

夫に対するイライラ、怒りは存分に感じましたが、娘が何をしても、私は怒ったことがありませんでした。

 

それは、決して怒らないように意識していた、ということでもないのです。

例えるなら、怒りスイッチがどこにも見当たらない、といった感じでした。

 

  • 本棚から本を全て引き出す
  • 本を破る
  • おもちゃを全部出して、散らかす
  • 飲み物をこぼす

 

一日に、何度も何度も繰り返される、娘の一見迷惑と思われる行為。

しかし私は、それらにも一切、怒りを感じたことはありませんでした。

 

むしろ、本を本棚から引き出す行為も、本を破る行為も、

「できるようになったね~」

と、日々出来ることが増えていくことが本心から嬉しくて、褒めてさえいました。

 

また、飲み物をこぼした時には、

「こうすると、こぼれるけど、こうして持ったらこぼれないよ」

といった感じで、娘の行動1つ1つに丁寧に対応していました。

 

根底には、自分が両親にしてほしかった、と思うことを、自分の子育てに全て活かそう、という思いがあります。

私は、自分を肯定し、もっと尊重してほしかった。

だから、娘の存在全てを肯定し、尊重してあげよう、と考えていました。

 

※両親も、私のことを考えて育ててくれたのだと、思っています。私が望んでいたやり方ではなかったかもしれないけれど、方法が分からなかったのだから仕方がないと、思います。

 




子供の意見を尊重し過ぎた罰

娘の存在全てを肯定し、尊重してあげたかった私は、こんな子育てをしていました。

 

娘には、子供に接するのではなく、ひとりの人間として接しました。

それは、赤ちゃんのときからです。

 

まだ理解できていなくても、最初から、丁寧に丁寧に、言葉に気を付けて話しかけていました。

 

娘は早くから言葉を覚え、会話に困る、ということを経験しないまま、成長しました。

色々なことを丁寧に教え、毎日何かを覚えたり、出来るようになっていく娘を見ていると、楽しくて仕方がありませんでした。

 

私の子育て、成功してる!

 

そう自負していました。

育児に対する不安はなく、育児書や、子育てに関する書籍も、何も参考にすることのないまま、数年が経ちました。

 

その間、私の意識は、全て娘に向けられました。

 

片時も目を離さず、娘の興味がどこに向いているのか、何をしたくて、何が言いたいのか、全てを把握していないと、気が済みませんでした。

必要であれば、先回りして、手を貸してあげる。

 

そのように、とことん注意を払って、娘を尊重している気でいました。

 

私は、娘を、娘の意見を尊重したいという、はき違えた極端な思いを実行しているうち、娘をただ甘やかし、娘に振り回される、奴隷のようになっていました。

 

これが、1番の間違いでした。

娘は、ただのワガママ娘に、立派に成長しました。

 




間違いに気づく

あるきっかけがあり、私は、娘に疑問を感じるようになりました。

 

それは、3歳の時に1年間通った、幼児教室でのことでした。

(その幼児教室は、厳しいけれど、学びは沢山ある、と言われていました。)

 

  • 他の子は、きちんと1人で座ることができるのに、娘は、ママに抱っこ
  • 生徒が前にでなければいけないときに、ママと一緒でなければ嫌
  • 決まって、途中でグズル

 

そんな状況を目の当たりにしてもなお、最初は

「幼稚園始まったばかりで疲れたんだね」

「眠いんだね」

「今日は、やりたくなかったね」

などと、娘を尊重しようとしていました。

 

この子は自分自身が可愛いという思いが強すぎるので、もっと自分というものを殺させてください

 

そう先生に言われたとき、言葉はきついけれど、思い当たる節がある、と私は娘の子育てが何か間違っていたのではないかと疑問を持つようになりました。

 

幼児教室のことだけではなく、娘は、入園したばかりの幼稚園を極度に嫌がっていました。

その時の私の対処方法は、こうでした。

 

  • できるだけ娘の気持ちに寄り添ってあげたい
  • 幼稚園を嫌がる娘の意思を尊重してあげたい
  • 娘の気が済むまでバス通園はやめて、毎朝車で送り届けてあげよう

 

子供の気持ちに寄り添って、良い方向に導いてあげたいという思いから来る私の様々な「甘やかし」は、結局、娘のためには何一つなっていないことを、後に気づかされました。

 

3歳を迎えたときに、一気にうまくいかないと感じることが増え、自信があった子育てに疑問が重なり、気分はどん底に落とされました。

 




軌道修正

同時期に、子育てのプロフェッショナルとの出会いがありました。

 

私が抱いていた、違和感や、子育てに対しての疑問は、私の「間違った子育て」にあるのだと、気づくことになりました。

そして、そこから、子育ての軌道修正が始まりました。

 

娘は自我が強く、それに振り回されて疲れてしまうことがよくありました。

客観的に見れば、親が子供の言いなりになっている、と言われても仕方がないような状況の時もありました。

 

  • 娘の意見を尊重しすぎない
  • 規律を教える
  • その場しのぎをしない
  • 根気強く、正しい行動を教える
  • できたら、褒める

 

そんなことを心がけながら、少しずつ、それまでの子育ての間違いを正していきました。

 

子供の意見を尊重する、というのは、決して子供の意向に従って、言う通りに自由にし、甘やかすことではない。

ということに、気付かせていただきました。

 




まとめ

今、娘は5歳になります。

年長になった娘は、今は毎日元気に幼稚園に通うことができています。

 

娘が小さい頃は、子育てが得意、育児が順調だと思っていた私ですが、それが間違いだったと知ってから、何度もつまずきながら、軌道修正をしてきました。

 

そして今、もしかしたら「子育て」という概念こそ、私を苦しめた要因なのではないか、と考えるようになりました。

 

親になったから、急に始まった、子育て。

予備知識がなさすぎて、自己流、もしくは、親にしてもらったようにしか、できないことで行き当たった、壁。

 

「親の仕事は、自分の子供が社会において、生きやすく教育してやること」

 

私が出会った、子育てのプロフェッショナルの先生に教えていただいた言葉です。

私が目指したかった理想の親像、私が娘にしてあげたかったことが、この言葉に集約されています。

 

「子育て」に、正解なんて、ないのかもしれません。

 

でも何となく、私なりの答え、というものが、見えつつあります。

いつか、整理して、またこのブログでお伝えできればと、思っています。